敵国条項、日本への攻撃

 

現在、日本には20を超える国連諸機関の事務所がある。
国際連合/UNは、サンフランシスコ会議で設立された。
「連合国」の構想は、大東亜戦争中に始まり、終戦前に発足が決まった。
当初は、文字通り、 The United Nations であり、「連合国」であった。
それは、白人至上主義に基づくものであった。
そこには「国際」という意味はなく、日本と敵対し、戦った、
第二次世界大戦での「連合国」(United nations)そのものであった。
主要機関は、安全保障理事会であった。
安全保障理事会は、「国際平和の維持」に特化した役割を持った。
5大国一致が原則であった。本部は、ニューヨークに置かれた。
最初から、資本主義国のアメリカと社会主義国ソ連が同席し、共同した。

いわゆる敵国条項がある。
敵国とは、第二次世界大戦に「連合国」の敵であった国、
つまり日本、ドイツ、ルーマニアブルガリアハンガリーフィンランドのことである。
敵国に対しては、加盟国は「連合国」決議が無くても行動できる、と規定している。
この条文は、まだ生きている。
紛争解決のために、「連合国」の加盟国は、日本に、武力行使できる。

しかし、その後、「連合国」の編成が変わった。
中華民国」から「中華人民共和国」に、「ソ連」から「ロシア」に交替した。
米ソの冷戦が終結すると、地域紛争が発生し、「連合国」の平和維持活動が増えた。
また加盟国が増加した。敵国であった日本もドイツも加盟した。
反面、アメリカの「国連」離れが起こり、単独行動に走る傾向が強まった。
その結果、旧来の「連合国」主導の運営はできなくなり、
アジア・アフリカ・ラテンアメリカなどの諸国家の動向が、
重要な意味を持つようになった。

次第に、「連合国」は変容・拡大していった。
そのために「現連合国」と「旧連合国」の世界戦略が必ずしも一致しなくなった。
アメリカの「現連合国」離れ、「現連合国」批判の強まりが見られる。
先進国首脳会談(サミット)は、「連合国」を多数の途上国が占めたことに対する、
「旧連合国」側の巻き返しと考えられる。「旧連合国」中心主義が揺らいでいる。
「現連合国」の課題は、平和維持だけでなく、
人権、民族対立、人口、資源、環境と幅広くなっている。
しかし、いわゆる敵国条項は、生きたままで、残されている。
つまり、紛争解決のために、加盟国と「安全保障理事会」は日本に対して、
決議が無くても武力行使できるのだ。