実はすごい! 世界一だ。天皇制は日本の誇り。


日本は、大東亜戦争で敗れたが、その歴史と伝統を維持するものがあった。
それは、天皇制が存続したことである。国民に一縷の望みをもたらした。
敗戦から立ち上がる大きな希望となった。
歴史と伝統を紡ぎあげてきた日本にとって、これは幸いであった。
日本は、いわゆる「世界で唯一の単一王朝国家」であり続けることが可能になった。
マッカーサーは知っていた。天皇には、政治的に実権が無かったことを。
そして知った。天皇は、戦争におけるあらゆる責任を、一身に負う決断をしていたことを。
軍人であるマッカーサーは、せめて一つだけでも残そうと考えた。
それは、サムライのような、軍人の魂であり、潔さであった。
歴史を一身に背負う生命とそれを存続させる仕組みであった。これは奇跡であった。
こうして、日本の一体性を支える礎は、残された。
日本国(やまとこく)は、2700年に亘って一度も「祭祀」王朝が交代していない。
世界にこのような体制は存在しない。国民が世界に誇るべき祭祀「国体」は長らえた。

日本の天皇制は、世界でも特異な存在である。
祭政一致は、司祭者が政治権力を保持する神政政治をいう。
政治(まつりごと)には、祭祀政治と権力政治の2種類がある。
ほとんどの国家は、政教分離が普通になるまで、権力者が祭祀と権力の最高位を独占した。
しかし、日本では、古くから、祭祀政治と権力政治は、分離して、併存してきた。
日本の天皇は、権力政治に拘泥しなかった。権力、利己主義に奔走しなかった。
天皇は、宗教対立に、国家と国民の分断に、与しなかった。
天皇は中立であることを基本とした。宗教対立は、分裂は、国民を不幸にするからである。
利己主義に傾くのは、権力政治に任せた。日本が大きく成長できたのは、この為であった。
権力者は、祭祀政治を行う天皇を仰ぎ見ることで、利己主義の行き過ぎを反省してきた。
この世は無常である。盛者必衰である。権力者もその理(ことわり)を理解していた。

日本では,神を祀ることが政治の根本にあった。
政治を「まつりごと」と言うのはそのためである。
地震津波、火山の噴火や台風の襲来、地滑りや洪水、飢饉など、あらゆる災厄は、神意であった。
祭祀は、国民の生活が豊かで,社会が平和になることを、神に祈るものであった。
天皇は、住む屋敷がボロボロになっても、構わずに、草民の暮らしを慮った。
そこには草民が抱く天皇像があった。だからこそ、国民は天皇を尊崇してきた。
天皇が神に、国民の安全と豊かな暮らしを願うから、国民は安心できた。
これが祭祀政治である。この思想こそ「天皇制」による国家統一の支柱であった。
律令制の時代において、神祇官太政官を並べて設置したのもそのためであった。
祭祀政治に不幸をもたらしたのは、天皇を「現人神」とし,その親政を求めたことである。
明治から昭和に至るまで、政府は、挙国一致のために、天皇を権力に巻き込んだ。
強固な正当性を欲した権力者によって、歴史と伝統が歪(ゆが)められた。
それでも天皇は、歴史と伝統に忠実であることを心掛けてきた。
天皇は神ではない。天皇は、国家と国民の利益を、神に祈り続けてきた。
天皇制」の伝統は、利己的な、権力政治を求めないのが本義であった。
その存在は、日本人の誇りであった。貴重な歴史と伝統があった。
ここには、日本独自の、共産主義や白人至上主義には理解が困難な、世界観が生きていた。
(不敬乞寛恕)