実は最悪!坂本龍馬
江戸を乗っ取った明治維新

 

現代版 日本神話 神々の言葉 明治維新

古来より神話は叙事詩であった。洋の東西を問わず史実を伝えてきた。

実は最悪!坂本龍馬

江戸を乗っ取った明治維新


天皇を政治利用する動きは、江戸幕府の時代から始まっていた。
中心となったのは、吉田松陰松下村塾の門下生たちである。
彼らは、北海道や琉球朝鮮半島から満州への進出と侵略を夢見ていた。
江戸時代には、既に、様々な文化や科学技術が高度に発展し始めていた。
明治維新の志士たちはそれを、横取りして、自分たちの手柄にした。
幕藩体制を崩壊させて中央集権国家を設立する中心になったのは、長州と薩摩の藩士であった。
薩摩藩長州藩には、国内と国外に対する利権的な拡張政策の野望があった。
背後にはイギリスの財閥が付いていた。
坂本龍馬は金儲けのために、イギリス商人の手先として、倒幕のための武器を斡旋した。

明治維新によって、新たに階級制度が作られた。
明治十九年(1886年)に「華族世襲財産法」が制定され、
いわゆる「薩長土肥」の出身者が大量に「勲功華族」となった。
政権の中枢にいた松下村塾の門下生たちの多くが特権階級となった。
そして、明治二十二年の大日本帝国憲法の制定によって、
吉田松陰に感化された華族たちは、皇族や勅選議員と同様、貴族院議員となった。
初代総理大臣となった伊藤博文や、外務大臣井上馨もイギリスに秘密で留学するなど、
イギリスは明治政府の重鎮たちをその影響下に置いた。
これ以降、薩長出身の華族は、上院である貴族院を舞台に、政治を切り盛りした。
明治維新は、薩長同盟によるクーデターであり、それを支援したのはイギリスであった。

明治政府は、侵略の野望を抱く、松下村塾の門下生たちによる、利権政治を行った。
彼らは、天皇の名を表看板に掲げて、元老となり、実権を掌握した。
まず動き出したのは、薩摩の華族たちで、北海道開拓使の官有物払い下げ事件がある。
彼らは、国民の税金で始めた事業の成果を、格安で手中に収めようとした。
湧き上がる国民の非難の声を逸らすために生み出したのが、大日本帝国憲法であった。
その内容は、杜撰なものであった。本当の狙いは隠された。
全ての法律は、帝国議会の議決を経る必要があったが、勅令や詔勅は除かれた。
最も重要なものは、規定されないか、勅令や詔勅を利用した。元老も詔勅で作られた。
天皇に大権があるとする軍部も、組織や役割などの詳細を定める法律はなかった。
天皇には、軍部を動かすことは、不可能であった。

政府の用語はあったが、その中身はどこにも規定されていなかった。
政府を構成する元老たちを規制するものは何も無かった。
国政を正すのは国民の声だけが頼りとなった。
貴族院衆議院は、憲法及び議院法に規定がないものについて、
内部の整理に必要な諸規則を定める事が出来た。
天皇が無答責とされたのは当然であった。
天皇に助言を施す、実際に実権を持つ各国務大臣がその責任を負うのは、当たり前である。 
全ての法律、勅令、その他、国務に関する詔勅についても、国務大臣の副署が必要とされた。 
天皇の諮問に応える形式で、枢密顧問は、重要な国務を審議することができた。
軍部を事実上の配下に置いた元老たちは、絶対政権を掌中にした。

イギリスに留学した、夏目漱石は、日本人が西洋にかぶれることを、危惧していた。
西洋は、金儲けの仕組みに溢れていた。人間を争わせる手段に困らなかった。
強固な正当性を悪用した権力者たちによって、歴史と伝統が歪(ゆが)められた。
この時代の権力者たちが求めた正当性には、2つの側面があった。
国内の政敵に対しては、自分たちの背後に天皇が付いていることを見せつけた。
諸外国との関係では、政権を握った者たちは、天皇の使者となった。
その背後には、甘い罠を囁く、イギリスが控えていた。
それでも天皇は、歴史と伝統に忠実であることを心掛けてきた。